Farm

Nature’s Answer


by Daisuke Takashige
小田原の「Green Basket」の農家のカイさん。

Text & Images by Daisuke Takashige


事件は畑で起きていた。

事件は畑で起きていた。

五月初旬、小田原で野菜を育てているカイさんの畑に行った。植えたばかりのサツマイモが、近くの山のイノシシに見事にひっくり返されていた。軽トラを降りてすぐさま事態に気が付いたカイさんの顔は険しかった。と言っても、その苦渋に満ちた表情を知ったのは、パソコンに取り込んだ写真をモニターで拡大して見てからのことで、シルバーの軽トラを追いかけて畑に着いた私は、森の奥の秘密の場所のようなその畑に降り注ぐ光の美しさに気を取られ、「カイさん、こっち、こっち向いて」などとはしゃいで写真を撮っていた。

「電柵やるかあ」。悔しげにつぶやくカイさんは「モモジがうるせえんだよなあ」と憎まれ口をたたく。モモジとは長野の伊那谷でお米を作っている農家で、数日前に撮影に行ったばかり。二人は青山のファーマーズマーケットで店を出している縁でつながっていて、端から見る限り仲が良い。「自然と境界線作るのか」。イノシシの侵入を防ぐ電柵を、モモジさんは境界線と呼ぶ。それが畑と動物とを隔てる物理的な線をのみ意味しているのではないことを、数日の撮影で私は何となくわかった気がしていた。境界線とは、生態系のピラミッドの中にある生物の種を分ける線ではなくて、人間が生態系の三角形の外に出ることを意味している。作物を食べなければならなくなった時点で、イノシシも元々あった生態系の外に出てしまっているとも言える。そんな時代にあって、電柵を設置するかしないかで逡巡しなければならない農家は苦労を強いられるだろう。手っ取り早く、農薬や肥料という名の境界線を作る人の気もわからないではない。

長野県伊那谷にある「momoGファーム」のお米農家のモモジさん。

「自然と境界線
作るのか」

モモジさんは「ちょっとぐらい分けてあげるわけよ。全部食べられるってことはないんだから」と言っていた。四月末の長野の畑には、まだ春は訪れていなかった。御嶽山の火山灰土だという、見るからに肥沃な黒々とした土を眺めながら、語りに耳を傾けた。生態系がしっかりしていれば、特定の種の大量発生は起こらないこと。起こったとしても、それにはなんらかの理由があって、大きくみればいずれまた元通りになること。締めの台詞は決まってこうだった。「自然の側に立って畑をみるわけよ」。これほど言うは易しく行うに難いことはないだろう。害虫、という言葉を使った時点でアウトだ。「それってさ、人間中心の考え方だよね」と詰められる。カイさんの憎まれ口が聞こえてくる。

千葉県成田にある「自然農園TOM」のトムさん。

「自然の側に立って
畑をみるわけよ」

二人の畑に行く前に、成田空港のそばで農業をしているトムさんの畑に行った。ファーマーズマーケット近辺の人にとって、トムさんは農の神のような存在になっていて、この人の話をする時の農家さんや料理人たちの好意と尊敬に満ちた眼差しが好きだ。この時に写真を撮れば、きっとそこには愛が写っていると思う。そんなトムさんも動物には手を焼いてきた。具体的な対策を聞くと「そんな時はね、遊んであげるんだ」とチャーミングな返事をする。トムさんの畑には森からタヌキやウサギがやってくる。バルーンを使ったり、ソーラーライトを使ったり、最後の手段でラジオを使って森に帰ってもらったよと話すトムさんは、確かに生態系の中で生きているように見えた。
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