石川県にある酒蔵「手取川」の六代目の蔵元、吉田泰之。 
数年前、石川県の外れに住んでいる友人を訪ねた際、両親と私はお土産を買うために地酒を扱う小さな酒屋に立ち寄った。私たちが選んだ日本酒は大変喜ばれたのだけど、蓋を開けるとそのお酒、「手取川」の造り手である吉田酒造は友人一家のお気に入りで、しかも近所にあった。

日が暮れたその晩、緑が青々と茂った牧場を散策し、菜園から夕食用に野菜を収穫してから、「手取川 山廃仕込 純米酒」をちびちびと頂いた。口に含む毎に増してゆく豊潤な味わいは、素材が育った土壌の豊かさを感じさせてくれながらも、山梨の日本酒に特徴的な主張の強さと酸味も持ち合わせている。この銘柄を知ってからというもの、東京の日本酒バーでもフルーティーで滑らかな「手取川 金華」大吟醸を頂くようになった。ディナーパーティーの席で、繊細で酸味を含んだ純米酒「吉田蔵」を白桃のガスパチョとペアリングもした。多摩川沿いの岩に腰かけて、ガラスのような水面を見ながら、霞がかった、ソフトな味わいのうすにごりスパークリング「kasumi」を飲んで週末のロマンチックな小旅行を楽しんだこともある。吉田酒造のラインアップはかなり気まぐれだが、すべての銘柄を通じて一貫した上品さ、個性とバランスがあるのだ。


吉田酒造は1870年、絵画のような眺めを有する石川県の西部で創業した。吉田泰之は六代目の蔵元であり、2017年には、たった31歳で杜氏(酒蔵の最高製造責任者)となった。ここではそんな彼が、蔵元としての生活、酒造りへの挑戦、そしてテロワールについても触れながら日本酒のムーブメントはどこへ向かおうとしているのか、APPETITEに語ってくれた。

吉田酒造
    吉田酒造のメインブランドは大きく2つあって、「手取川」と「吉田蔵」。手取川の地下100mを流れる豊かな伏流水から醸造されています。「手」は文字通り手を表し、「取」は手を取り合う、と書きますよね。「手取川」という名前が付いたのは、流れの強いこの川を渡ろうとした時に人が手と手を取り合う必要があったからだと言われています。私たちは「和醸良酒」、つまり「良い酒は和をもたらし、和がまたよい酒造りに還元されていく」という精神を信じています。「手取川」の名前の起源と同じものに根差しているんです。
蔵人になるということ
    酒造りはチームで行います。独りでは決してよい日本酒は造れないので、チームの力が非常に重要になってきます。同じゴールを共有して、そのゴールへ到達するために一緒に働くこと。酒造りのプロセスはもちろん、完成した日本酒を頂くことも皆で楽しみます。

山廃仕込みの酒
    山廃仕込み(意図的に菌を足すのではなく、醸造所の環境に自然に存在している乳酸菌の力で酒造りを行う方法)での酒造りにはかなりの労力が要ります。速醸(意図的に酵母を加えて醸造する方法)と比べると、時間、労力ともに3倍ほどかかることが多いですね。石川県では、奧能登酒蔵学校のある地域は山廃仕込みの酒で知られていて、何世代にもわたってこの技術が受け継がれてきています。山廃仕込みで酒を造り続けてこの伝統的な手法を守っていくことは大切ですが、変化を受け入れること、調整と改善を続けることで最高の日本酒を造っていくことも重要ですね。伝統と良い関係を築き、守りながら前に進んでいくためには、イノベーションも欠くことができないものです。
振り返り、前を見て、自然と向き合う
    世界中で徐々に広まりつつる「自然派」の流れは、私たちが自然環境や自身の健康について省みることを促してくれています。ワイン業界では、空輸された酵母を使い、介入する工程を最小限に抑えたワイン造りが注目されてきていますし、日本酒界隈でも同様のトレンドが広まりつつあります。「原点回帰」もまたスタンスとして重要なトレンドです。大切な伝統技術を守っていくために、先人の知恵を再解釈して自分たちのやり方に取り入れています。
    日本酒の醸造技術と研究は成長し続けており、介入は最小限に抑えながら理想の酒を造ることも可能になってきています。

テロワールのチャンス
    現在、日本のあらゆる地域で作られている酒の多くは、他県から仕入れた酒米と酵母で酒造りを行っていますが、結果として、日本酒の味が地域に関わらず似たり寄ったりになりがちです。
    私たちは酒米の王様として知られる「山田錦」を兵庫から仕入れていて、あとは地元でとれる「五百万石」と「石川門」も使います。地域の農家と契約して、ローカル品種も育ててもらっています。酵母は金沢のものが酒造りの質を上げると思っているので、これを使っていますね。
酒米を自前で、もしくは契約農家と作り、収穫して、その酒米と加工していない地域の水、酵母で醸造をしていける…そう考えると、可能性にわくわくしますね。酒米の品質を上げて、地域の農家や環境を守れるように、また本当の地産品としての酒造りができるように、酒造りのモデルもシフトしていきたいですね。
挑戦
    低温をキープして品質を保つため、日本酒の醸造と流通には莫大な電力が必要です。この電力消費を抑えることは作り手としての義務でもあります。
    日本酒人口は減少傾向で、特に若い人の日本酒離れが顕著です。彼らには時間の使い方も、何を飲むかの選択肢も無数にあるので、その中で日本酒を楽しむ機会が段々減ってきてしまっているようです。若い世代にいかにして日本酒へ興味を持ってもらうか、日本酒を試してみる機会を持ってもらうか、そして新たにファンを作るだけでなくいかに親しみ続けてもらうかというのは、私たちにとっても挑戦ですね。


「世界のどこかで自分たちの知らない人が、
自分たちの日本酒を飲んで幸せを感じて
くれているなら、 それだけで幸せです。」
吉田泰之、吉田酒造



日本酒のこれから
    世界の多様な食文化と日本酒のペアリングには無数の可能性があり、ワインでそうするように料理との掛け合わせで楽しむこともできます。また、温度によって味の表情が大きく変わってくる—アルコールの中でも珍しく、消費者にもあまり知られていない—のも特徴の一つです。日本酒を温度で遊ぶ知識と実験的な楽しみ方が、より広く認知され、開拓されるようになることを祈っています。
生産に関して言うと、最近まで米穀の精米は日本酒造りにおいて極めて重要だと考えられていましたが、どうやらその固定観念も変わってきているようです。綺麗に精米された米は上品な日本酒になりますが、同時に精米されることによって味の多様性は失われます。日本酒の未来には伝統への敬意と、型破りさのどちらも必要なのではないでしょうか。