米に特別な意味をもたらす、新米の季節


日本において、季節と霊性は稲田を通じて感じることができる。

Words by Jessica Thompson
Images by Daisuke Takashige






9月から10月にかけて日本を車で回ってみると、ふくよかに穂をもたげた稲や、小鹿の毛並みのような茶色の穀物がパッチワークのように景色を作っていることに気づくだろう。

淡い緑の葉は風に翻り、作物の髭は揺れる。

成熟した稲穂は風を甘い、藁のような香りと、実りへの期待で満たしてくれる。

農家にとっては収穫の、消費者にとっては新米の季節がやってくるのだ。

ほとんどの食文化において主食を担っているのは穀物だ。メキシコのトウモロコシ、オーストラリアの小麦、エチオピアのテフ。日本では、他のアジア諸国と同様、米がそれに相当する。

稲作の起源は弥生時代(紀前300年~紀元250年)に遡り、中国から伝来したとされている。食事の中心として米は和食に欠かせないもので、例えば一汁三菜などの表現では、米の存在は当然のものとして言及すらされていない。

「食事(meal)」を日本語で表す時、「ご飯」や「飯(めし)」と表現するが、どれも米を表すものだ。












「新米の季節がやってくるときの気持ちは、 一言では言い表せません。 多幸感、平穏、静けさ、喜び…。
夏にトマト、冬に大根など季節の野菜が収穫されるのとは、どうしてか違った感情を抱くんです。」


高重乃輔/フォトグラファー




1960年代以降、パンやパスタなどが台頭してきたため米の消費は半減したが、米は文化的にも、祭事的にもその地位を確立していて、他のどのような食材よりも、一年を祭事で彩り、日々の生活を形作っている。

米に関連した表現の多様さを例にとっても、どれだけ重要視されているかがよくわかる。米(丁寧に言うとお米)は未調理の米、ブラウンライスは玄米、酒米は日本酒用の米、米づくりは米作、野生稲の特徴を受け継ぐ原種は古代米、外米は外来の米で、米価は米の値段のことだ。

新米は、正式な定義としては、収穫された後年内12月末までに、加工、販売されたものを指している。沖縄では、収穫は7月から既に始まるが、米の主な産地である本州と北海道では8月末から10月頃となる。

新米が前の季節に収穫された米と区別されるのは、特徴が異なるからだ。新米の方が粘度が強く、より白く光沢があり、3-20%ほど多くの水分を含んでいる。炊くために必要な水分も少なくて済み、実際に食べてみるとよりふっくら、しっとりとしており、香り高い。新米を頂くことができる季節は喜びに溢れた、特別な時間として暦の上でも扱われる。



「新米は自分にとって、年の後半、寒さの強まる季節を活き活きと乗り切るためのガソリンと言えるかもしれません。年の前半、春に咲く桜のようなものですね。」


高重乃輔/フォトグラファー







時間が経つにつれ、水分は蒸発し、酸化が進むが、その度合いは密封具合、温度、湿度によって左右される。つくり手の中には、夏季には米を冷蔵庫で保管するよう勧める者もいるほどだ。

新米に独特の魅力があるのは確かだが、だからといって古米の方が劣る訳ではない。寿司のシェフが敢えて古米か、古米と新米のブレンド米を使うと言われるのは、その方が米が酢をよく吸い込むからだ。 また、中世の日本では古米の方が新米より高価だった。

水分量が少ないということは、調理した際に古米の方が新米より2-30%より膨らむということでもあり、炊き上がりの分量はより多くなる。近年では、味よりもボリュームの方が重視される、という側面もあるのだろう。
時間が経つにつれ、水分は蒸発し、酸化が進むが、その度合いは密封具合、温度、湿度によって左右される。つくり手の中には、夏季には米を冷蔵庫で保管するよう勧める者もいるほどだ。

新米に独特の魅力があるのは確かだが、だからといって古米の方が劣る訳ではない。寿司のシェフが敢えて古米か、古米と新米のブレンド米を使うと言われるのは、その方が米が酢をよく吸い込むからだ。 また、中世の日本では古米の方が新米より高価だった。

水分量が少ないということは、調理した際に古米の方が新米より2-30%より膨らむということでもあり、炊き上がりの分量はより多くなる。近年では、味よりもボリュームの方が重視される、という側面もあるのだろう。

神道では豊作の神様は冬の間は山に座していて、春になると山を下って田の神として作物を司るとされている。

神々と、自然と、農家と合同の成果物は新米の季節、地域の祭りや儀式で祝われるが、中には7世紀ごろから続いているものもある。地域のコミュニティでは新鮮な米の収穫と味覚を祝うために米の調理法を伝えるワークショップや餅つきが行われ、料理が振舞われる。

最大、最古の収穫祭は11月23日で、日本全国の神社で祭儀が行われる。現在では勤労感謝の日として知られるこの祝日は、元来は新嘗祭と呼ばれ、神々と、そして生産に携わった人々へ感謝を捧げるための日だった。

新嘗祭は宮内庁の行事の中でもとりわけ重要なものとされている。天照大御神が他の神々と共に、自身で作っていた稲を人々へ食べ物として授けたのが起源とされており、この御神恩に対する感謝のお祭として、その後は天皇陛下御親ら、五穀豊穣を神々にお伝えした上、自らも新米をお召し上がりになる。天皇陛下はまた、新米を使って醸造した白酒と黒酒を天照大神にお供えする。白酒は米で醸造した原酒をそのまま濾して造る白色の酒を指す。黒酒は白酒にクサギの焼き灰を入れて黒くしたもので、かつては黒米から造られていた。

伝統的に、神々への感謝が捧げられ、また神々と共に天皇陛下が新米を召し上がった後にはじめて、我々もその年の新米を頂けることになっている。近年では、様々な理由から、新米の解禁はこのような儀礼を経ていない。理由の一つとして、収穫技術の進化が挙げられる。かつて米の収穫は人の手作業によっていた部分が大きかった。日照での乾燥にひと月ほどの時間を要し、その後一粒一粒手作業で稲穂から取り出されていた。すべての作業を終えるのに、収穫の9月から約2か月を経て11月ごろまでかかっていたという。もう一つの理由は、伝統の断絶によるものだ。1948年、米国からの占領に伴い、ダグラスマッカーサー将軍は伝統的な神道の神話、儀式、祝祭にまつわる儀式をすべて廃止し、新嘗祭は勤労感謝の日として改められた。

しかし、毎年収穫の季節が終わる頃、田植えの季節である次の春にまた迎えられるまで、神々は山へと戻っていくのだ。